どの会社でも起こる可能性のある労使紛争
厚生労働省の公表によると、平成22年度に寄せられた労働局、労働基準監督署内に設置されている総合労働相談コーナ−への総合労働相談件数は113万234件、民事上の個別労働紛争相談件数は24万6,907件となっており、前年度と同水準で高止まりしています。
また同年度のあっせん申請受理件数は6,390件となっており、『解雇』に関するものが 37.5%と最も多くなっています。相談内容は『いじめ・嫌がらせ』が増加し、紛争内容は多様化しており、制度利用者の内訳は非正規労働者が増加傾向にあります。
同じ職場で働き利益を共有する使用者と労働者の間で紛争が発生することは大変残念なことです。しかし、労使紛争はどの会社でも起こる可能性があります。 労働基準法などの法令に抵触しなくても、民事上の不法行為や債務不履行などに該当する事実があれば、労使紛争に発展する可能性は十分あるのです。 労働基準法などは公法といって、国が最低限のガイドラインを定めて使用者を規制する法律で、違反行為があれば罰則を適用するというものです。 一方で、民法などは私法といって、個人や会社などの権利・義務などを規律する法律で、不法行為等があれば損害賠償請求など民事上の紛争に発展する可能性があります。
例えば、相談や申請の多い解雇や労働条件の引下げなどの問題は、従業員が使用者の不法行為等に対し、自己の権利を主張した典型的な民事上の紛争事案といえます。 また増加傾向にあるいじめや嫌がらせなどの問題も、使用者が従業員に対して直接行った行為でなくても、企業秩序義務を有する使用者が、その責任を問われることになります。
個別労働紛争を解決するための制度
近年においては、企業社会の構造的変化に伴い多様化する労働問題に対応するため、個別労働紛争解決の制度が整備されてきました。
個別労働紛争解決のシステムは、裁判所による解決と『裁判外紛争解決=ADR(Alternative Dispute Resolution)』に大別されます。 裁判所による解決には訴訟(いわゆる裁判)などがありますが、現実は弁護士に頼らざるをえなく、費用や解決期間等にも難があると考えられており、一般に労働者からは敬遠される傾向にあります。
一方でADRは、裁判外紛争解決としての仲裁、調停、斡旋などを促進することで、実情に即した迅速かつ適正な解決を図ることを目的としており、司法のほかに行政、民間にも解決機関が設置されています。
行政型のADRとしては、都道府県労働局内に設置されている紛争調整委員会の『あっせん』が広く活用されているほか、都道府県労働委員会にも同様の紛争解決制度があります。
紛争の解決には双方の合意(和解)が大前提であって、強制力を有しないため、あっせんが成立せずに解決に至らないケースも少なくありませんが、迅速性と平易な手続きによって解決に導くことが期待できます。
また、民間型ADRでは、各都道府県の社会保険労務士会が、法務大臣の認証を受けた「労働紛争解決センター」を開設しています。
その他の個別労働解決制度では、平成18年4月から実施されている労働審判が適正かつ柔軟な紛争解決制度として知られています。 労働審判は、判決による解決だけではなく、話し合いによる調停型の機能も有しており、原則として3回以内の期日で手続きを終了するため迅速性に優れています。 また、裁判上の和解と同じ効力も有するため、紛争解決の実効性が担保されています(審判に対し異議があった場合は失効し、通常訴訟へ移行します。)。
なお、労働審判は地方裁判所で行っており、労働者自らが申立を行うには敷居が高いかもしれません。 また、申立費用等の経済的な負担が発生することにも留意しなければなりません。
万が一、労使紛争が発生した場合には当事者間でその解決を図ることが望ましいのですが、現実には困難な場合が少なくありません。 その際には、上記各制度の特徴、メリット・デメリット、紛争の内容や自己の利益等を勘案の上、いずれかの制度の活用を検討されてみては如何でしょうか。
優れた機能を有する『あっせん』とは
『あっせん』は、公正・中立な機関において、弁護士等の専門家が双方の主張を聴取し、適切な判断の下、当事者の自主的な和解へと導きます。 また、原則として1回限りの審理で終了しますので費用や時間がかからず、迅速かつ低廉な紛争解決が期待できます(都道府県労働局内に設置されている紛争調整委員会のあっせんであれば無料で利用することができます。また平成22年度の実績では、93.6%が2か月以内に処理を終了しています。)。
あっせん等の紛争解決手続きは簡易であり、解決内容は柔軟性のある合意が可能です。手続きおよび解決内容は非公開であるため、双方のプライバシーや名誉なども保護されます。
何よりもあっせんの最大の特徴は、当事者間の納得と合意の上で和解による解決が図られるということです。『判決』が当事者の意思にかかわらず一刀両断に解決の判断を下すのに対し、『和解』は当事者の自主的な判断で紛争を解決できるのです。 和解に当たっては譲歩も必要ですが、「勝つか負けるか」ではありませんから、条理・実情にかなう真の円満解決が期待できます。
私見ですが、あっせんは紛争そのものを解決するだけではなく、当事者お互いが、気持ちよく次のステップへ踏み出すことができる優れた機能を有していると考えています。 前向きに目の前の紛争を解決したいと考えるのであれば、是非、あっせんの活用を検討していただきたいと思います。
活用してほしい『特定社会保険労務士』
労使紛争の解決を目指す当事者にとって、あっせんは簡易で利用しやすい制度ですが、法的な枠組みの中で解決を支援する制度ですから、自己の利益を最大に享受し、適正な紛争解決手続きを実施するためには、一定の法律知識、実務経験、交渉技術等が必要となるでしょう。
従来の労使紛争の解決手続きに関しては、当事者本人に代わって弁護士に代理人を依頼することが一般的でしたが、あっせん等による紛争解決を希望する場合またはあっせん等への参加を求められた場合には、『特定社会保険労務士』(以下、「特定社労士」という。)を活用することが可能です。
特定社労士とは、厚生労働大臣が定める研修を修了した後、国家資格である「紛争解決手続代理業務試験」に合格し、全国社会保険労務士会連合会に備える社会保険労務士名簿に付記された者を指します。 特定社労士は、あっせん等の紛争解決手続き業務を行うための能力が担保されていますので、労働者と使用者が争いになったとき、あっせん等において当事者の代理人として、裁判によらない円満解決を実現することができます。
社会保険労務士のあっせん代理人制度のスタートが平成15年4月からということもあって、認知度はまだ低いのですが、特定社労士は労務管理の専門家であり実務家です。 また費用についても、比較的安価な価格で紛争解決業務の代理人を依頼することができるかと思います。
社会保険労務士の本来の役割は、適正な雇用環境の整備を支援することにより労使紛争を未然に防ぐことにありますが、特定社労士は労働問題についても相談や解決等の支援が可能です。労使紛争になったとき又は労使紛争に発展する虞があるときには、まずは特定社労士にご相談ください。 特に経営者の方は、企業の労務管理の実務に長けている特定社労士を活用されることをお勧めします。
なお、特定社労士の資格を有しない社会保険労務士は、あっせん等の代理行為を行うことはできませんのでご注意ください。
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文書作成日:2011/10/06
※文書作成日時点での法令に基づく内容となっております。