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就業規則活用のヒント《懲戒編》

  就業規則活用のヒント《懲戒編》


 始末書提出の留意点
 企業の多くは、「けん責」をはじめとした懲戒規定に「始末書を提出させて将来を戒める。」などと定めて、本人の謝罪や反省を促すために、始末書を提出させているかと思います。
 このような始末書の提出に当たっては、「提出に応じない従業員に対して、業務命令で提出を強要することや、不提出を理由に更に不利益な取り扱いはできない。」との考え方が有力(丸十東鋼運輸倉庫事件 S53.1.11大阪地堺支ほか)ですので、始末書を提出しない者がいたとしても、使用者は提出を強制することがないよう注意しなければなりません。
 但し、これは「本人の謝罪や反省を強制することが、本人の意思・良心の自由を不当に制限することに当たるため許されない。」との趣旨であって、業務命令として事実関係の報告を求めることまで否定するものではありません。
 よって使用者は、まず事実関係の把握を優先し、業務命令で報告書や顛末書などを提出させて、反省・謝罪などを求める始末書の提出については、あくまで任意とするといった対応が望ましいかもしれません。 始末書の提出を拒否する様なケースについては、拒否した事実を記録に留めておき、今後の対応に備えることが賢明かと思います。
 なお、事実関係の報告書等の提出を拒否した場合には、業務命令違反に当たりますので、新たな懲戒事由として取り上げることも可能と考えられます。



 懲戒による降格と人事による降格
 「降格」については、「懲戒処分として行うもの」と「人事上の措置として行うもの」では、使用者権限の有効性の判断が異なりますので、あらかじめ明確に区別しておく必要があります。
 懲戒処分として降格させる場合については、『経営者のための就業規則活用のヒント《懲戒編@》』で紹介した要件を満たしていることを要します。
 一方、人事上の措置として降格させる場合には、一般に使用者の裁量権を広く認めているものの、業務上の必要性、本人の能力・適性、従業員の被る不利益などを勘案して、人事権の濫用に当たらないよう留意しなければなりません。
 なお、正社員からパートタイマーや契約社員等へ降格させるような場合には、雇用形態自体を変更することは、現在の労働契約を解約して新たな労働契約を締結することと考えられますので、懲戒権または人事権のいずれも行使はできず、本人の合意が必要となるでしょう。


 

 懲戒に係る賃金の取り扱い
 懲戒を課すに当たっては、懲戒に係る賃金の取り扱いが、問題として取り上げられることがあります。
 懲戒のひとつに「減給」がありますが、減給に処すに当たっては、「1回の額が平均賃金の1日分の半分を超え、総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならない。」(労働基準法第91条)と制約があります。
 実際の減給額自体は軽微なものですから、損害賠償の意味合いで減給を課すのであれば、殆どその効果は期待できないといえるでしょう。

 なお、遅刻や欠勤をした場合に、その時間分を賃金カットした減給額については、そもそも賃金債権が生じないため、上記の制約を受けることはありません(昭63.3.14 基発150号)。
 同様に、「降格」処分によって賃金が低下した場合についても、その労働者の職務の変更等に伴う当然の結果であるため、労働基準法第91条の制約は受けないとされています(昭26.3.14 基収518号)。

 また、懲戒処分として「出勤停止」を課した場合の出勤停止期間中の賃金の取り扱いについては、「就業規則に出勤停止およびその期間中の賃金を支払わない定めがある場合において、労働者がその出勤停止の制裁を受けるに至った場合、出勤停止停止期間中の賃金を受けられないことは当然の結果」(昭23.7.3 基収2177号)としており、その旨を懲戒規定に定めておくことで賃金の支払いは要しません。

 一方で、懲戒の処分を決定するまでの間、自宅待機を命じる場合には、当該自宅待機は懲戒処分ではありませんので「一事不再理の原則」には反しませんが、使用者の業務命令若しくは労務提供の拒否であることから、自宅待機を命じられた従業員には賃金の請求権を有する(民法第536条)との見方が一般的です。
 しかしその場合でも、当該自宅待機命令が合理的なものであれば、「自宅待機の期間中は平均賃金の60%を支払う」(労働基準法第26条)と定めることで、賃金全額支払いの請求に対抗することが可能であると考えられます。


 

 具体的な定めが求められる懲戒解雇事由
 「懲戒解雇」に関する事案については、多くの判例において、就業規則に定める以外の事由に基づく解雇は、解雇権の濫用に当たるとして無効との立場をとっています(「限定列挙説」といい、解雇事由に該当する事実の存在について、使用者側が立証責任を負うことを前提とした考え方です。)。
 つまり、懲戒規定には懲戒の種類や程度だけではなく、懲戒解雇となる事由についても、具体的に定めておかなければならないということです。
 また解雇権の行使に当たっては、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、権利濫用に該当するものとして無効」(労働契約法第16条)との制約を受けるため、処分決定の際には慎重な判断が求められます。
 しかし近年では、企業の信頼を損なうような、または社会的影響の大きい非違行為については、事業上外にかかわらず、懲戒解雇として取り扱う企業が増加しています。
 飲酒運転などは典型例ですが、適切な安全運転教育等を実施していたにもかかわらず、従業員が飲酒運転で人身事故を起こしたときには、懲戒解雇を課すことは珍しくありません。
 まずは自社の懲戒規定を確認して、懲戒事由の規定内容に不備や過不足がないか、検討されることをお勧めします。



 懲戒と並行して労使のコミュニケーションや従業員教育等の充実を
 懲戒に至るまでには、その従業員だけではなく、企業側にも一定の責任や義務を有することを認識しておかなければなりません。 従業員への注意や指導は、些細なことでも適宜、行うことが肝要です。
 上司が注意や指導を適切に行っていない、非違行為の兆候があるにもかかわらず黙認している、本人に改善や自覚を促していないなど、企業側の対応に問題が散見される場合には、管理職も含めた従業員教育の実施または見直しを検討することも必要でしょう。

 また従業員の中には、残念ながら企業秩序を遵守するどころか、自己の権利ばかり主張する者もいます。
 企業としては不測の事態も想定して、従業員の非違行為については、出来る限り詳細に記録しておきたいものです。 これは、従業員および使用者や上司の言動はもちろん、口頭で済ますような些細な事案についても同様で、背景や顛末を記録した書面は、いざというときに役立つことでしょう。
 余計なリスクを回避するためには、何よりも労使のコミュニケーションを円滑にして、日頃の指導や教育等を充実させることが重要です。 そして、然るべきときに懲戒権の行使ができるよう、就業規則にしっかりと懲戒規定を定めておきたいものです。


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文書作成日:2011/05/25

※文書作成日時点での法令に基づく内容となっております。

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